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山形地方裁判所 平成2年(行ウ)1号 判決 1999年3月30日

原告 吉田幸博 ほか三七名

被告 米沢税務署長 ほか一名

代理人 都築政則 米山匡志 渡辺富雄 伊藤繁 粟野金順 大島眞彰 八鍬治雄 斎藤二葉 ほか四名

主文

一  (第一事件につき)

原告の請求を却下する。

<略>

三一 (第三一事件につき)

原告の請求を棄却する。

<略>

三五 訴訟費用は、第一ないし第三四事件を通じて、第一ないし第三四事件原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

(第一事件につき)

被告が、別紙目録一記載の番号一欄の年月日に原告が行った確定申告に対して同番号二欄の年月日になした更正処分のうち同番号一欄の納付すべき税額を超える部分を取り消す。

<略>

第二事案の概要

別冊一及び別冊三のとおり

第三判断

別冊二及び別冊三のとおり

(裁判官 山野井勇作 本間健裕 白川純子)

<別紙目録略>

<別冊三略>

<別表略>

(別冊一)

第二事案の概要

(第一事件につき)

一 第一事件原告は、肩書住所地において、農業を営むいわゆる白色申告者であるが、第一事件原告の昭和六一年分の所得税についての確定申告、更正、異議決定、裁決等の経緯は、別紙目録一<略>記載のとおりである(<証拠略>)。

二 本件は、第一事件原告が、被告米沢税務署長がした更正処分(以下「本件更正等一」という。)には、何らの理由が付されていない違法があり、第一事件原告の所得を過大に認定した違法がある等として、本件更正等一の取消を求めた事案である。

三 本件の争点は、以下のとおりである。

1 本件更正等一に理由が付されていないのは、違法か(争点1)。

2 第一事件原告の被告米沢税務署長に対する確定申告は、実額による申告といえるか(争点2)。

3 被告米沢税務署長がなした本件更正等一につき、推計課税をする必要性があるか。(争点3)。

4 被告米沢税務署長がなした本件更正等一につき、推計課税の合理性があるか(争点4)。

5 被告米沢税務署長がなした本件更正等一につき、信義則違反があるといえるか(争点5)。

6 被告米沢税務署長がなした本件更正等一は、適法か(争点6)。

四 争点1について

1 第一事件原告の主張

本件更正等一には、何らの理由が付されていない違法がある。

(一) 行政手続法は、憲法三一条の下で行政手続の適正な在り方を定める一般法であるが、同法八条には許認可の申請に対する拒否処分に対して行政庁は申請者に処分の理由を示すべきことが、また、同法一四条には行政庁が不利益処分を行う場合には名宛人に対して処分の理由を示すべきことが、それぞれ定められている。行政処分に際して処分結果とともにその理由をも明示させることは、行政庁側に処分に当たっての自省・自制を促すほか、処分の相手方である国民に対しても処分の是非について検討の手掛かりを与え、あるいは処分結果を納得させる契機ともなるものである。その意味からすれば、税務当局が行う租税の賦課・徴収処分についても、この基本原則が妥当すべきことは当然である。

(二) もっとも、租税の賦課・徴収手続に関しては、国税通則法等独自の手続法体系が備えられているという理由で、行政手続法の適用が除外されている。しかし、それは行政手続が不要と判断されたのではなく、あくまでも行政手続法に規定する諸手続の適用を一律にかける点がなじまないと判断されたに過ぎないのであって、むしろ、行政手続法が用意する手続よりも手厚い手続がすでに整備されているものについては、原則としてその手続が使えるようにしようという意味での適用除外と解すべきである。

ところで、所得税法は、いわゆる青色申告者に対し税務署長が更正決定する場合の更正通知書に、更正に係る課税標準及び税額等を記載するほか、更正の理由をも付記すべきことを命じているが、白色申告者への更正通知書には、理由の付記まで求めていない。青色申告者への更正通知書の理由付記に関する右規定は、行政手続法のそれに比してより手厚い納税者保護の内容になっているからであって、その反対解釈として、白色申告者への更正通知書には理由付記は不必要であり、行政手続法の要請が退けられてよいということになるものではない。白色申告者に対する場合にも更正処分の理由を付記することによって、処分庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、更正の理由を相手方に知らせて不服申立ての便宜を与える必要は依然として残るからである。

(三) したがって、課税処分における理由の明示ということの重要性に鑑みると、行政手続法と所得税法の整合的な解釈により、白色申告者への更正通知書に理由を付記すべきことは、現行法下でも税務署長に義務づけられていると解すべきである。

2 被告米沢税務署長の主張

(一) 所得税法上、青色申告書に係る年分の総所得金額等の更正をする場合には、更正通知書にその更正の理由を付記すべきものとされているものの、本件課税処分のような青色申告書以外の申告書に係る更正について、理由を付記すべきものとする規定はないから、第一事件原告の主張は失当である。

(二) なお、租税の賦課手続に関する処分は金銭に関する処分であるから事後的な手続で処理するのが適当でありこれに対する異議申立てや審査請求等の不服申立方法が整備されていること、右処分が大量・反復的であること、限られた人員で適正・公平・迅速に手続の処理を図らなければならないこと等を考慮すると、白色申告者に対する更正処分において理由付記がされていないことをもって憲法三一条に反するということはできない。

五 争点2について

1 第一事件原告の主張

第一事件原告は、農業所得の金額について、置賜地区市町税務協議会(以下「本件協議会」という。)が作成した農業所得標準(以下「本件所得標準」という。)に基づく申告をしたが、右申告は一種の実額による申告である。

(一) 第一事件原告は、本件所得標準を用いて、収入及び経費について実態を算出したものである。すなわち、第一事件原告は、現実の収穫量に応ずる収入金額の実額を計算するための手段として本件所得標準を用いたに過ぎず、推計による申告を行ったものではない。多くの農家においてこのような方法によってほぼ収入金額の実額を算定し得る。また、経費についても、標準内経費の算定のため本件所得標準に用いられている数字を用いたに過ぎず、標準外経費の金額については、各人の諸事情に応じて、各人ごとに個別の実額に基づいて別途控除したものである。

(二) 第一事件原告は、本件所得標準を利用するに当たり、本件所得標準を一応の目安あるいは基準としながら右文言だけにとらわれることなく、特別な収支事情があればその特殊事情をも考慮して、税務当局と協議の上これを弾力的に適用してきた。

(三) 第一事件原告は、本件所得標準を用いながら、計算書を作成して申告し、事実関係に不明な点があれば、実額を把握できる資料まで提出してきた。

本件が推計課税であるとすれば、このようなことはないはずである。

(四) 第一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額は、別表一―一<略>の「申告額」欄記載のとおりである。

2 被告米沢税務署長の主張

第一事件原告の申告方法は、実額によるものではない。

(一) 一般に実額課税とは、課税所得をもたらす取引に係る帳簿書類等の直接資料に基づいて収入金額及び必要経費の実際の額を計算し、課税標準たる所得金額を算出して課税する方法であると定義づけられている。他方、推計については、所得税法一五六条において、「財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模」により、推計して更正することができるとしており、これらのいわば推計の計算要素ないし資料は、課税標準たる所得金額を認定するという関係では間接的な要素ないし資料にとどまる。したがって、推計課税とは、直接的な資料によらず、これらの間接的な要素ないし資料を用いて課税標準たる所得金額を推計する課税であると定義できる。

(二) そして、本件所得標準は、相当数の農家に対する経費調査、作柄調査、坪刈調査及び在庫米調査等を実施し、各種統計資料をも参考にしているほか、農業団体からも意見聴取をする等して、本件所得標準に反映させているのであるから、第一事件原告の所得を本件所得標準によって認定する場合には、直接的な資料を用いるものではなく、間接的な資料によって認定するものであることは明らかである。したがって、本件は推計による課税方法である。

(三) 本件所得標準を一応の基準とするものの右文言だけにとらわれず、特別な収支事情があればその特殊事情を考慮して弾力的に運用してきたのであるから、本件所得標準に基づく課税は「一種の実額課税」である旨の主張がある。

しかし、右弾力的運用の実態は、農民組合が置賜地区の各市町の税務課との間で交渉をした結果、一部の市町において、本件協議会が決定した本件所得標準と異なる誤った運用が行われたことをいうに過ぎず、しかも、その運用は、おおむね農民組合の会員に限って行われたもので、一般農民には何ら周知されない異例の取扱である上、そのような誤った運用は是正されつつあったものである。したがって、右のような弾力的運用は、実額を算出するためになされていたものではない。

(四) 本件所得標準を用いながら、計算書を作成して申告し、また事実関係に不明な点があれば資料まで添付しているから、本件所得標準に基づく課税は「一種の実額課税」である旨の主張がある。

しかし、右計算書や資料がすべての収入金額と必要経費及びその対応関係を明らかにできるようなものではなく、右申告が基本的に本件所得標準を用いるものであるから、右計算書や資料の提出をもって「一種の実額課税」であるということはできない。

(五) 経費について、各地域の農家にとって、標準外経費額として別途控除すべき経費項目の範囲とその経費額は経験的に明らかである旨の主張がある。

しかし、捕捉漏れの可能性のある収入金額をそのままにして、経費のうちの一部だけを実額で主張し、これを本件所得標準で認められた経費に加算することを認めると、所得金額が実際の金額よりも低くなることは明らかである。

六 争点3について

1 被告米沢税務署長の主張

(一) 所得税法は、事業所得の金額について、その年中の総収入金額から必要経費を控除して所得金額を計算する方法いわゆる収支計算の方法により計算することとしているから、農業所得の金額も、その年中の農業所得に係る総収入金額から必要経費を控除して計算すべきこととなる。

(二) ところで、農業所得者については、一般に収入及び支出について記帳する慣行に乏しく、これらの記帳のない者の租税負担の公平を図るため、かつ、自主申告納税制度のもと、これらの者であっても自ら農業所得金額を計算し申告できるようにするための基準として、各地区の市及び町の長によって構成される本件協議会において農業所得標準を作成し、その適用方法も合わせて関係者に開示していた。

(三) 第一事件原告は、いわゆる白色申告者であるが、被告米沢税務署長が第一事件原告提出の昭和六一年分確定申告書の内容を調査したところ、第一事件原告は、農業所得の金額について、本件所得標準を適用して所得税の確定申告を行っているが、その適用に当たり、標準外経費として別途控除することが認められていない経費を別途控除する等して本件所得標準の適用上定められた適用方法によらず、第一事件原告独自の解釈に基づいた計算方法によって農業所得の金額を算定していた。

(四) そこで、被告米沢税務署長は、本件所得標準は定められた適用方法にしたがって適用して始めて合理性を有するものであること、本件所得標準を適用して申告している他の農業所得者との課税の公平を考慮して、第一事件原告に対し、再三是正を要請したが、第一事件原告がこれに応じなかったため、本件所得標準を正しく適用して、本件更正等一を行った。

2 第一事件原告の主張

第一事件原告の申告が一種の実額による申告であることは、前記五1のとおりである。したがって、被告米沢税務署長が推計課税をする必要性はない。

七 争点4について

1 被告米沢税務署長の主張

(一) 本件所得標準の作成経緯及び目的

本件所得標準は、所得税及び住民税の申告義務のある農業所得者にとっては、農業に係る所得金額を合理的にしかも簡便に算定するための手段として、一方、適正・公平な課税の実現という職責を負う課税庁にとっても、正確な記帳がなされていない農業所得者に対する申告指導等の際の所得金額算定の資料として、それぞれ長い間利用されてきた。そして、実際に多くの農業所得者が本件所得標準を適用して農業所得の金額を計算し、申告してきた。

(二) 本件所得標準の内容の合理性

(1) 推計課税の合理性の程度

推計課税は、真実存在する所得金額を事実上推定するものではなく、実額調査を行うことができないときにやむを得ず代替手段として課税庁に認められる認定方法である。推計の合理性は、真実の所得金額推認方法としての合理性ではなく、限られた資料や時間の制約、課税庁の調査能力、納税義務者間の公平といった点を考慮した上で採用された推計方法が、当該納税義務者の所得金額を認定する方法として社会通念上合理的と認められるかどうかという観点から考えるべきである。

(2) 本件所得標準の合理性

農業所得標準の合理性を判断する要素としては、農業所得標準を作成するに当たり作物の収量及び経費について一定数以上の農家に対する実態調査を行っているほか統計数値等その他の情報及び資料を参酌していること、農業団体等の意見を聴取していること、大半の農家が申告に利用しているが異議申立てがされた例がわずかであること等を挙げることができる。

これを本件所得標準についてみると、本件所得標準は、置賜地区(米沢税務署管内及び長井税務署管内、すなわち、米沢市、南陽市、長井市、高畠町、川西町、白鷹町、飯豊町及び小国町)の各市町による農家に対する実態調査を中心に、農業協同組合等からの資料情報、農業団体等からの意見聴取、その他統計資料等種々の資料情報を基にして、本件協議会による協議検討を経て標準案が決定され、更に農業団体等に右標準案を開示して意見を聴取し、これを検討した結果を踏まえて、開示されていたものであり、置賜地区の農業青色申告者を除く大多数の農業所得者は、市町の納税相談を通じて本件所得標準を標準表どおりに適用し、本件所得標準に定める計算に従って農業所得額を算出し、申告している。これに対し、第一事件原告らのみが市町の納税相談を経ることなく、独自に所得税の計算を行って申告して更正処分を受け異議申立て等を経て本件訴訟を提起してる。

本件課税標準が合理性を有することは、普通田標準の一〇アール当たり平均収入金額につき、米沢市、南陽市、高畠町、川西町、長井市、白鷹町、飯豊町及び小国町においては昭和六〇年分一九万二三九二円、六一年分一九万四五〇七円、米沢市、南陽市、高畠町及び川西町においては、昭和六〇年分一九万五五九三円、昭和六一年分一九万八九九三円であるのに対し、右農業青色申告者においては昭和六〇年分一九万九三五六円、昭和六一年分二〇万〇七五七円と近似していることからも明らかである。

(三) 本件所得標準の内容の合理性―普通田の場合

(1) 総説

本件所得標準の構成を農産物等の種類により大別すると、<1>普通田、<2>普通畑、<3>果樹畑、<4>特殊田畑(野菜、たばこ、ホップ、飼料、苗木畑、ビニールハウス等)、<5>副業(肉牛、乳牛、肉豚、養鶏、養蚕等)等となるが、本件所得標準のうち、第一事件原告らの所得の中心的地位を占める普通田の所得標準の作成過程を説明すると、本件所得標準は、農業所得者の普通田の作付面積に本件所得標準に定められた一〇アール当たりの所得金額を乗じ、これから限定的に列挙されている標準外経費を実額等によって別途控除して算出される。

本件所得標準は、地力が同程度の場合には、同一単位の耕作面積から同程度の収入金額及び必要経費が発生し、同程度の所得金額が生ずる蓋然性が高いと認められることから、地理的条件の同一性、事業規模の類似性、収益力の類似性に配慮しながら、資料の正確性を確保し、一定数の調査対象戸数を選定の上、作成されている。

(2) 一〇アール当たりの普通地収量の決定

坪刈調査、在庫米調査等の実地調査の結果及び各種統計資料等を基に各市町ごとに一〇アール当たりの収穫量を求め、これに各市町の普通田の全作付面積を乗じて各市町における推定実収量を求め、これから、災害による被害率が二割を超えたため、災害共済の支払対象となった被害地の面積及び右被害地における実収量を除いて各市町の普通地収量を算定する。

普通田の全作付面積は、土地台帳面積、農業委員会の耕作台帳面積、農業共済組合の共済引受面積等により、各市町の実態に則して把握し、右で求めた普通地収量は被害率が二割を超える耕作地を除いた全作付面積による平均であり、実際は、本件所得標準の適用対象地域内の耕作地でも、その地力によって収穫量に格差が生じるため、これを個々の農家に適用できるように、共済基準収穫量を基として地力の近似している耕作地同士で数グループに区分し、右地力区分ごとに一〇アール当たりの普通地収量を補正して、標準区分ごとに一〇アール当たりの普通地収量を算定する。

さらに、置賜地区の三市五町を対象として統一的に利用できる広域農業所得標準とするために、各市町ごとに標準区分ごとの一〇アール当たり普通地収量の近似するもの同士をグループ化する等して、全市町に統一的に適用できるよう一二ないし一四段階に整理統合する。

そして、整理統合前の各市町の標準区分の一〇アール当たり普通地収量を各標準区分の作付面積により加重平均することによって、整理統合後の標準区分の一〇アール当たり普通地収量を決定している。

なお、農家が実際に販売している米の粒厚は一・八五ないし一・九ミリメートル以上であるのに対し、本件所得標準の普通地収量算定の際資料としている東北農政局情報統計事務所の水稲収穫量調査結果においては粒厚一・七ミリメートル以上の米を基準として収穫量を調査している旨の主張がある。しかしながら、政府買入米としての検査基準は通常一・七ミリメートル以上であり、また、所得税においては、農業所得に係る収入金額は、収穫時の収穫農産物の価額に相当する金額を収穫の日の属する年分の収入金額に算入するとする収穫基準を採用していることから、普通地収量は、収穫時における水稲のすべての収穫量を算定するものでなければならず、現実に政府買入米、自主流通米、超過米及び規格外米として売り渡した数量だけではなく、自家消費米、縁故米等農家が保有米とする収量も含まれる。したがって、普通地収量算定のための資料が政府買入米の検査基準によっているとしても、そのことで本件所得標準における普通地収量の算定に合理性がないということはできない。

(3) 適用米価

本件所得標準の普通田一〇アール当たりの収入金額は、右普通地収量に一〇〇キログラム当たり適用米価を乗じて算出される。右適用米価は、農家に対する在庫米調査や各種資料・情報等を基に算定し、政府買入米、自主流通米、超過米、保有米、規格外米及びその他の米のそれぞれの一〇〇キログラム当たりの価格、それぞれの検査等級数量等を参酌して、本件協議会において協議検討の上決定され、十分合理性を有する。

このことは、農業青色申告者の他用途利用米及び屑米を除く水稲一〇〇キログラム当たりの販売等金額が昭和六〇年分三万四二〇五円、昭和六一年分三万三六八八円、農業青色申告者の他用途利用米を除く水稲一〇〇キログラム当たりの販売等金額が昭和六〇年分三万三一八六円、昭和六一年分三万二四〇七円であるのに対し、本件所得標準の普通田における一〇〇キログラム当たりの適用米価が昭和六〇年分三万二〇一二円、昭和六一年分三万二〇四四円であることからも明らかである。

(4) 一〇アール当たりの標準内経費の算定

本件所得標準においては、所得金額の算定上収入金額から控除されるべき必要経費を標準内経費と標準外経費とに区分し、標準内経費は一〇アール当たりの所得金額を算定する過程で控除し、標準外経費は一〇アール当たりの所得金額を算定する過程で控除せず、個々の農家の所得金額算定の過程で別途実額又は本件所得標準の定める方式に従って算定された金額を控除することとされている。

本件所得標準の普通田の一〇アール当たりの所得金額についてみると、標準区分ごとの一〇アール当たりの収入金額が算定され、当該金額から標準区分ごとの一〇アール当たりの標準内経費を控除し、更に水稲に使用する大農具の一〇アール当たり経費を控除して、標準区分別の一〇アール当たり所得金額が算定される。ところで、右の標準区分ごとの一〇アール当たり標準内経費は、まず、各経費項目一〇アール当たりの平均ごとの標準内経費を算定し、この経費項目のうち収量によって支出額に差のある経費については、標準区分ごとに補正、修正される。なお、大農具(動力田植機・バインダー・自脱式コンバイン・ハーベスタ・大型乾燥機)の経費は、本来は標準外経費として別途控除されるが、本件所得標準では、右大農具の一〇アール当たり経費として既に一〇アール当たり所得金額算定の過程で控除しているため、租税公課及び減価償却費のみが大農具に係る標準外経費として別途控除される。

本件協議会における標準内経費の算定方法は、先ず、本件所得標準作成のための資料収集及び実地調査を重点的に行う基準地を決定し、基準地となった市町では、標準区分ごとに耕作面積、収量等の中庸な農家でかつ記帳を行っている農家を一定戸数選定した上経費調査を実施し、その結果及び各種の資料情報等に基づいて標準内経費原案を作成する。次いで、本件協議会の専門部会の一つである経費検討会において、右原案を基に前年の実績や各項目の金額の前年に比較しての伸び率等を参考にしながら、標準内経費案を作成する。本件協議会は、右標準内経費案を基に、専門部会あるいは幹事専門部合同会議等において農業所得標準案を検討し、役員会において最終的に本件所得標準を決定する。

本件所得標準のうち普通田に係る標準内経費は、公租公課、種苗費、肥料費、農薬費、農具費、償却費及びその他の経費であり、右各経費項目ごとに、適用対象地域の農家の普通田の一〇アール当たりの平均金額が算定され、次に、右各経費項目のうち収量に比例して支出額が増減すると考えられる公租公課、肥料費及びその他の経費については、標準区分に応じて補正、修正を加えて算定する等して決定される。

(5) 災害減算

農業災害補償法によれば、農作物の減収量が一定割合以上となった場合、農業共済組合から農家に対して共済金が支払われるが、本件所得標準の適用対象地域内の農業共済組合(置賜農業共済組合及び西置賜農業共済組合)は、農家を単位として被害耕地の減収量の合計が共済基準収穫量の合計の二割を超えたときは共済金を支払う方式を採用している。このため、農業共済組合の調査によって客観的な数値が正確かつ容易に把握できることから、普通田につき本件所得標準の作成に当たっては、農業共済組合の調査による被害耕地の減収割合が二割以下の被害を通常的な被害とみなし、被害率が二割を超えた農家の普通田の被害地面積及び被害地実収量をそれぞれ全作付面積及び推定実収量から除外することによって、被害率二割以下の被害を折り込んだ平均一〇アール当たり普通地収量を算定している。

したがって、普通田につき本件所得標準を適用するに当たっては、二割を超える被害があった農家に限って農業共済組合の証明に基づき、災害減算所得を別途控除することとし、その対象も共済事故による共済目的の減収、すなわち風水害、干害、冷害、雪害その他気象上の原因(地震及び噴火を含む。)による災害、病虫害及び鳥獣害による水稲の減収に限定している。そして、右二割を超える災害があったことを客観的に証明する手段としては、農業共済組合の証明書以外に見当たらない。すなわち、農業所得に係る収入金額の認定基準については、所得の把握が技術的に難しいことから例外規定が設けられており、一般の事業所得のように、販売等した金額によって収入金額を認定する(いわゆる販売基準)のではなく、農産物を収穫した年にその収穫した時点の当該農産物の価額(生産者販売価額)に相当する金額をもって収入金額を認定する方法(いわゆる収穫基準)が採用されているところ、本件所得標準を適用して申告する農家のほとんどは記帳がなく、かつ、領収書や請求書等の原始記録の保存が不完全であること及び農家に対する過去の税務調査の結果をみると、いわゆる闇米や親戚等への贈答米について申告漏れが多いこと等を勘案すると、課税庁による実収量の把握が難しいという実態にあり、実収量の計算を右のような農家の申告に依存したのでは、正確な実収量の算定は困難である。このような意味で、被害率が二割を超える災害があったことを客観的に証明する手段として、農業共済組合の証明書を災害減算控除の要件とした。

なお、災害による減収や災害以外による減収で、農家の実収量が二割以下であっても、納税者から証拠が提出されれば、別途控除を認めるべきである旨の主張がある。しかしながら、被害率二割以下の被害による減収については、普通地収量の算定の際既に織り込み済みであるし、災害以外の原因による減収については客観的な証明手段がないことから、右主張は理由がない。

(6) 標準外経費

同規模の農家間において、必要経費とされる支出金額に農家ごとの格差が顕著であり、その支出金額が比較的多額で普及度も比較的高い経費となるものについては、その支出金額の多寡等によって農家間に所得の格差が生じるため、本件所得標準による所得金額を算定する際に、個々の農家が実際に支出した実額等を控除することにより、真実の所得金額に則したものとなるよう標準外経費として別途控除している。

本件所得標準では、標準外経費として、客土費用、臨時雇人費、支払小作料、自動車、動力耕うん機・トラクター、水稲に使用する大農具(動力田植機、バインダー、自脱式コンバイン、ハーベスタ及び大型乾燥機、右大農具の一〇アール当たり経費は既に一〇アール当たり所得金額算定の過程で控除しているため、租税公課及び減価償却費のみが別途控除される。)、水田基礎整備後一年目の特殊費用、土地改良区費、大農具の修理費、借入金利子及び農業用施設の利用料及び農作業の委託費を限定列挙し、その実額を領収書等で確認して別途控除額を算定している。

本件所得標準に掲げられた標準外経費が例示列挙であるとの主張は誤りである。

なぜなら、例示列挙であれば、右のように定義を定めて、本件協議会において何を標準外経費とするか決定する必要はない。実際の経費調査の方法をみても、各基準地では経費調査の結果を基に、普通田についていえば、あらゆる経費を調査の対象とした上、標準外経費を特定して、これを除いてそれ以外の経費を分類し、基準地案の作成、本件協議会での検討を経て、標準内経費を決定している。また、所得標準の作成技術上、標準内経費をすべて列挙するという方法が相当でないため、一定の経費以外はすべて標準内経費に折り込んで算定するという調査、作成方法を採らざるを得ないのであり、そうである以上二重控除を避けるという観点から、一定の経費を標準外経費として限定列挙とする必要がある。さらに、農業所得においては農産物等の種類が多く、農産物ごとに一般経費・特別経費を分類することは困難である上、本件所得標準が記帳慣行の乏しい納税者を対象とするため、別途控除できる経費とそうでない経費を明確に区分することにより、領収書等を保存していないため別途控除ができないということがないようにしなければならないという要請、すなわち、所得標準の簡便性を維持する必要があるからである。

さらに、一般的な事業所得においては、必要経費を比例経費と固定経費とに区分することができるが、農業所得において一律に比例経費と固定経費に区分して固定経費のみを実額控除することは、必ずしも真実の所得金額に近い金額が算出されるとはいえないため、必要経費を、農家ごとに支出金額の格差が顕著である個別性の強い経費でその支出額がしばしば多額となるもの(標準外経費)とそれ以外の経費(標準内経費)に二分し、前者については、支払の事実を確認した上実額により別途控除する方法を、後者については、一律に控除する方法を採っている。

(7) 水稲に使用する大農具経費

本件所得標準では、農業所得に係る減価償却資産のうち、動力耕うん機、トラクター及び自動車の外、水稲に使用する大農具である動力田植機、バインダー、自脱式コンバイン、ハーベスタ及び大型乾燥機の償却費については、標準外経費として別途控除することとし、それ以外の減価償却資産については、標準内経費中の償却費として算定している。本件所得標準においては、普通田一〇アール当たりの標準内経費中の償却費は、相当数の農家を対象とした経費調査の中で、対象農家が所有する右大農具等以外の標準内経費の償却費の対象となる建物及び農具の所有状況、使用割合等を調査することにより、償却費を算定している。右のとおり、標準外経費として別途控除できるのは大農具等の償却費に限られているのであり、大農具等以外の農具でも事業の用に供していれば別途控除ができるとの考え方は、二重控除となるから、採用できない。

(8) 借入金利子

農業近代化資金等の制度金融及びこれに準ずる借入金の利子がある場合には、その金額を証明書等によって確認の上標準外経費として別途控除する。借入金利子のうち、標準外経費として別途控除できる制度金融及びこれに準ずる借入は、返済期間が長期でしかも低利であるため比較的多くの農家が利用し、貸付限度額が大きいため借入金額及び支払利子も比較的高額になる農家も少なくない実情にあることから、当該負担の多寡を通じて農家間に所得金額の格差を生じさせる大きな要因となりかねないものとして、右制度金融及びこれに準ずる借入金の利子を標準外経費として別途控除することとし、その余の借入金利子のうち農業の経費となるものは本件所得標準の標準内経費に含まれている。

(9) 自動車に係る経費

事業所得の計算上、個人の支出が必要経費に算入されるためには、それが事業活動と直接の関連を持ち、事業の遂行上必要な費用でなければならないところ、一般的な農家の経営実態に照らすと、農業経営には一台の四輪自動車があれば十分であり、事業の遂行上二台以上の自動車の保有が必要であることは考えられないから、本件所得標準において、自動車に係る経費のうち標準外経費として別途控除し得るのは二台分に限るとし、二台目については一定の制限の下に是認することとした。

2 第一事件原告の主張

(一) 本件所得標準の性格とこれまでの運用

仮に、本件所得標準に基づく申告が推計課税であったとしても、本件所得標準はその性質からして一応の目安に過ぎず、弾力的な運用を行わなければならない。

(1) 推計課税は例外としてやむを得ず認められた制度であって、実額課税の原則に限りなく近い結果を求められている。本件所得標準は本件協議会が作成したものであるが、本件協議会が作成するに至った理由も置賜地区の農民の実態をなるべく正確に把握するためであった。本件所得標準において、収入については各地域等級の区分を設けて収穫量の正確性を図り、経費についてもこれらの地域の農家の平均的経費を標準内経費として算出し、右標準内経費に含まれない経費については標準外経費として控除してきた。そのうえ、本件所得標準に記載された以外の大農具等についても、特殊な経費として本件所得標準を弾力的に運用し、経費として認めてきた。このような運用実態は、本件所得標準における基準は一応の目安であり、したがって納税者の特殊事情が認められればこれを考慮するという実額課税への努力として当然のことである。

(2) 被告米沢税務署長は、本件所得標準の形式的、機械的適用を主張し、標準外経費は限定的列挙であり、掲示されている以外のものは標準外経費として認めない旨主張している。しかし、右主張は、本件所得標準の作成の経過及びその在り方からみても妥当ではない。標準内経費の標準化は一つの目標であって、農業技術の発展に沿って厳格にすべての農具等を標準化することはできないし、また、特別控除の費目についてもすべてを網羅することは不可能である。それ故、こうした標準化できないものあるいは本件所得標準に掲示されていない農具等についても実際に使用されていることが証明されれば経費として認められてきたのである。以上のとおり、本件所得標準は申告に際しての一応の目安であり、この目安を利用して更に実額に近づける具体的な運用と相まって合理性・妥当性を有することになるのであり、これに反する処分は違法である。

(二) 本件所得標準の合理性の欠如

(1) 本件所得標準が推計課税の一種であると解されるとしても、推計の方法は最もよく実際の所得に近似した数値を算出し得る合理的なものでなくてはならない。推計が合理的であるためには、推計の基礎事実が正確に把握されていること、推計方法の選択には当該具体的事案に最適なものが選択されること、具体的な推計方法自体できるだけ真実の所得に近似した数値が算出されるような客観的なものであることなどが必要である。本件所得標準の合理性を判断する場合には、<1>本件所得標準を作成するに当たり適切な農家の選定が行われているか、<2>相当の数の農家に対して実態調査がなされているか、<3>実態調査の結果が的確に基準に反映されているか、<4>農業団体等の意見を聴取しているか、<5>課税庁の恣意が入る余地がないか、等が認定要素となる。

(2) 本件所得標準を作成するに当たって、適当な農家の選定が行われているか疑問がある。すなわち、水稲の経費調査の対象農家は経営規模や収量の中庸な農家を選定して行うとされているけれども、中庸な農家の選定は担当者が一方的に選定しており、仮に中庸な農家の選定が合理的に行われたとしても、それは中庸な農家の経費状況を示すのみで、多様な農家の経費状況を反映したものとはならない。

(3) 本件所得標準を作成するに当たって、相当の数の農家に対して実態調査がなされているとはいい難い。たとえば、川西町の調査対象戸数は全農家戸数の〇・五パーセントに過ぎない。

(4) 本件所得標準を作成するに当たって、実態調査の結果が的確に基準に反映されていない。すなわち、農家の実態調査の内容を明らかにしたとされる調査票、それをとりまとめたとされる根基表の具体的内容が明らかでなく、実態調査の結果が本件所得標準に具体的にどのように反映されたかも不明である。

(5) 本件所得標準を作成するに当たって、農業団体の意見を聴取していない。毎年一二月に農業団体の意見を聴く機会があるものの実際に検討する時間が殆どなく、農業団体の意見を十分反映するものになっていない。

(6) 本件所得標準を作成するに当たって、課税庁の恣意が入る余地がある。本件所得標準の作成に際し、本件協議会の幹事専門部合同会議が中心的役割を果たしているが、右会議に税務署員が出席して主導的な役割を果たしている。

(三) 本件所得標準の問題点

(1) 一〇アール当たりの普通地収量の決定について

本件所得標準の一〇アール当たりの普通地収量は、東北農政局情報統計事務所の水稲収穫量調査の結果に依拠しているが、右調査は粒厚一・七ミリメートル以上を基準にしている。しかし、政府米としても自主流通米としても販売可能なものは粒厚一・八五ないし一・九ミリメートル以上のものであり、第一事件原告もこのような米を生産している。ゆえに、普通地収量は売却可能な米の実収量よりも高く設定されるのである。

(2) 災害減算について

被告米沢税務署長は、自然災害により、二割を超える被害があった農家に限り、農業共済組合の証明書に基づき、災害減算として別途控除ができる旨主張する。しかし、自然災害による減算に限る理由はないし、二割を超える被害があった農家に限定する理由もない。また、農業共済組合の証明書は、農業災害補償を目的とするものであって、課税を目的とするものではなく、農業共済組合の証明書の提出を要求するのは不合理である。

(3) 標準外経費について

もともと農業経営に必要な費用には多種多様なものがあり、農業従事者の経営方針に応じた個人差や地方・地域による差異はもとより、農業技術の発達向上に伴う時代的な変化もあって、その地域・時代に則して何を必要な経費とみるかの判定自体、さほどたやすいことではなく、ましてなにが標準的経費で何が非標準的経費かの区分となれば、なおのことである。したがって、経費支出の必要性の判断そのものが多分に流動的・可変的である上、標準的と非標準的とを分ける関係農家間の支出の共通性というメルクマールもまた曖昧模糊たる性格を免れないから、具体的な農業経費の支出項目の如何によっては、それを果していずれの経費に組み入れるべきか、判定に迷わざるを得ない事例を生じるであろうことは大いに予測されるところであり、むしろ事柄の性質上必然不可避の結果ということもできる。また、農業技術の発達が著しければ著しいほど、新しい効果的な技術や農具を導入する篤農家が増え、生産性を向上させていこうと努めることは当然の成り行きであって、その意味でいうところの非標準的経費が、時代の進展とともにその内容を豊かに多様に拡充発展させていくという、開かれた性格のものであるべきだという事理も、誰しも承認せざるを得ないところである。農業所得の算定に必要な経費の捉え方について右の二分論を採るというのであれば、両者を分ける分類基準の曖昧模糊さという一事に照らしても、また、農業経営の実際における費用支出の多様性や変化発展の可能性に鑑みても、本件所得標準の解釈適用に当たっては、柔軟かつ弾力的な判断態度こそが求められるのであって、機械的・硬直的な扱いは厳に慎むべきである。

被告米沢税務署長は、標準内経費を説明して、ほぼ各農家に共通して支出され、かつ、その数額が作付面積におおむね比例すると認められる項目等の支出に係る経費といい、標準外経費を説明して、その支出金額に農家ごとの格差が顕著である個別性の強い経費のうちその支出金額がしばしば比較的多額となるものであって、別途控除になじむものであるという。右の説明からすれば、標準内経費とは文字通り農業所得に内在的な経費、つまりは通常の農家であれば誰でも支出するであろうような共通的・一般的・普遍的な支出項目を指しており、別言すれば、必要経費とされるもののうち最も基本的で標準的な経費をいうものと解することができる。これに対し、標準外経費とは必要経費とされるもののうち非共通的・個別的で比較的多額な支出を要する経費項目を意味しており、非標準的経費ということになる。このように見てくると、農業所得にとって内在性の濃い標準内経費の方があくまで基本的・先行的な概念であり、標準外経費は標準内経費が認定された後、その範疇に収まり切れない個別性及び必要性を認められる費用として捉えられ、位置付けされるのがふさわしい。以上のことからしても、標準内経費には標準外経費として列挙されたもの以外のすべての経費を算入して算定されている、との被告米沢税務署長の主張の虚構性は明らかである。

さらに、被告米沢税務署長は、標準外経費とするのは、農家ごとの支出金額が比較的多額でしかも無視できない割合の農業所得者に共通して支出されているものに限定され、個別性が強く、かつ、支出金額が比較的多額な経費であっても、その支出がごく一部の者の範囲に止まる経費は標準外経費とは扱われず、いわば特異な経費として標準内経費に組み入れられるとする。しかし、右特異な経費なるものが具体的にいかなる経費項目を指すのか、それが標準内経費に組み入れられるべき根拠如何については、説明がない。まして、右特異な経費分として標準内経費に算入される金額についても説明がない。

以上のとおり、被告米沢税務署長の標準内経費論は、そこに折り込むことが不可能なものを強いて折り込まれていると強弁するだけの虚妄の論である。

(4) 水稲に使用する大農具の経費について

被告米沢税務署長は、大農具の経費はすべて標準内経費に算入されており、それを別途控除できるとするのは二重控除になる等と主張するが、右大農具の経費が標準内経費に算入されていることにつき、何ら具体的な説明がない。

(5) 借入金利子について

農業近代化資金等の制度金融及びこれに準ずる借入金の利子についてのみ標準外経費として別途控除を認めている旨の主張があるが、右借入金の利子に限定する合理的根拠はないし、借入金の使途が明確でない場合でも農業用として三割は是認するというように本件所得標準を柔軟に運用してきた。また、別途控除の対象外とする借入金利子については標準内経費として算定している旨の主張があるが、標準内経費に算入した具体的な金額は不明である。

(6) 自動車に係る経費について

トラックはもともと荷物を積載運搬するという目的、機能からいって、事業活動、事業遂行を行うためのものである。農家に広く二台目のトラックが普及し始めたのは、昭和四〇年代後半あたりからであるが、それは主に複数の農業専従者のいる比較的経営規模の大きい農家や複合経営農家である。これらの農家が農業経営遂行上必要に迫られて取得し、事業活動に使用しているのであり、こうした経費性の強いものを否認する理由はない。

八 争点5について

1 第一事件原告の主張

(一) 信義則は、法律関係において、人は相手方の合理的な期待や信頼を裏切ってはならないという原則であり、私法と公法を通ずる法の一般原理であり租税法律関係にも適用されると解されている。租税法律関係においては特に法律安定性の強い要請があるのであり、租税行政庁の対応について納税者側に信頼が形成された場合は、それを裏切ることは法的安定性を害することが大きく、したがって信義則に従った対応が強く求められる。

ところで、租税法律関係に信義則の適用が認められるためには、以下の要件ないし基準を満たす必要がある。すなわち、<1>税務官庁が納税者に対して信頼の対象となる公的見解を表示したこと、<2>納税者がその表示を信頼してその信頼に基づいて行動したこと、<3>その後に右表示に反する課税処分が行われたこと、<4>そのために納税者が経済的不利益を受けることになったこと、<5>納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者に責に帰すべき事由がないこと、である。

(二) 本件更正等一の対象とされた減算、大農機具、借入金利子等を別途控除の対象とすることは、税務官庁が納税者に対して公的見解を表示していた。

第一事件原告ら多くの農民は、置賜農民連の一員として、昭和四〇年代から確定申告に当たり仙台国税局等と協議、交渉を重ね、その協議に基づいて確定申告をしてきた。右協議、交渉には多くの農民や農民の代表が出席し、租税官庁の側からは仙台国税局の責任者等が出席した回答をしていた。また、右協議、交渉に当たっては農民ら納税者の側で事前に農業所得に係る税務申告についての要請や質問等を書面で提出し、それについて税務官庁の責任者が回答するという方法が取られることが多かった。右質問等に対する税務官庁の回答方法は口頭でなされたが、その回答内容は多くの農民や農民の代表が直接聞いている。

その上、その回答内容についてはその都度、農民側でメモ等をし、その後書面で公にしていた。第一事件原告ら多くの納税者は、右協議、交渉で示された税務官庁の見解を信頼してこれまで税務申告をしていた。以上の経過からすれば、右協議、交渉等で税務行政庁が示した見解は納税者に対して信頼の対象となる公の見解を表示したものである。

(三) 第一事件原告らは、税務官庁が示した表示を信頼し、その信頼に基づいて税務申告をした。

税務手続の実際において、税務官庁の運用実績が重要な役割を果たしている。納税者は右のような税務署との協議、交渉に基づいて税務申告をするのであるが、前年度に何ら問題なく税務手続が終了すれば、同一事項の税務申告であれば当該年度も大丈夫と考えるのが自然である。すなわち、前年度の税務官庁の税務処理に対する信頼が前提となって当該年度の税務申告をするのが常である。

(四) 第一事件原告ら納税者が税務官庁が示した表示を信頼してその信頼に基づいて税務申告したのに対し、税務官庁は、今回に限ってそれまでに示していた見解に反する課税処分を行った。

(五) 第一事件原告らは、そのため、被告米沢税務署長から本件更正等一の処分を受け、これまでより多くの税金を支払わなければならない事態になり、経済的不利益を受けることとなった。

(六) 第一事件原告らは、本件更正等一の処分を受ける以前、何ら問題なく認められてきた税務官庁の見解に従って税務申告をしたのであるから、納税者が税務官庁の右表示を信頼してその信頼に基づいて行動したことについて何ら責に帰すべき事由はない。

2 被告米沢税務署長の主張

(一) 租税法律関係における信義則適用の要件である公的見解の表示とは、少なくとも税務署長その他の責任ある立場にある者の正式見解であることが必要である。なぜなら、税務官庁側から納税者に対してなされる通知、情報の提供の大半は、直接には法律上の効果を有しない事実上の行為によるものであり、また、それらの情報の中には、納税者の便宜を図るために、租税関係が最終的に確定しない段階で行われるものが多いからである。そして、所得税の所管官庁である国税局、税務署は、本件協議会等において、本件所得標準の別途控除について、信頼の対象となる公の見解を表示したことはない。

(二) 公的見解の表示に反する課税処分により受けた経済的不利益とは、救済に値する経済的不利益である必要があるから、右課税処分により納税者が精神的不信を抱くにとどまらず、救済に値する経済的不利益を被った場合に限定すべきである。そして、救済に値するか否かは、租税法律主義の原則が意図する社会的利益と当該納税者の被った経済的不利益との比較衡量により判断すべきである。こう解すると、当該租税を免れるという期待利益が損なわれるだけでは、当該納税者は救済に値する経済的不利益を被ったとはいえない。なぜなら、もともと当該租税は法律の定めるところにより課税されるべきであったのであり、税務官庁の誤った公的見解の表示により、たまたま正当な課税を免れるという法律上到底保護することができない期待を抱いたに過ぎないからである。

(三) 第一事件原告は、本件所得標準が誤った運用をされるようになったことについて、帰責事由がある。すなわち、昭和六〇年以前において、置賜地区の各市町において、本件協議会が作成した本件所得標準と異なる運用が行われていたとしても、そのような運用は、第一事件原告が所属する農民団体が、本件協議会が決定した本件所得標準と異なる運用方法であると知りつつ、個々の市町の税務担当者との間で、適正な適用を妨げるべく活動してきたことに起因するからである。

九 争点6について

1 被告米沢税務署長の主張

(一) 第一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額

第一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額は、本件所得標準に従って算定すると、別表一―一<略>「主張額」欄記載のとおり、一一七万〇五八七円である。以下、別表一―一<略>「申告額」欄記載の金額との異同について、述べる。

(1) 減算所得

第一事件原告は、災害減収による減算所得があると主張するが、農業共済組合の証明書がない。

(2) 支払小作料

第一事件原告は、支払小作料があると主張するが、支払の事実を証明する証拠がなく、支払先も不明である。

(3) 臨時雇人費

第一事件原告は、臨時雇人費があると主張するが支払の事実を証明する証拠がなく、支払先も不明である。

(4) 水稲に使用する大農具経費

第一事件原告は、水稲に使用する大農具経費として二二万八六〇〇円があると主張するが、別表一―二<略>記載のとおり、五万七一五〇円となる。

(5) キャリア等に係る経費

第一事件原告は、標準外経費としてキャリアに係る経費があると主張するが、キャリアは標準外経費に算入することができる農機具に該当しない。

(6) その他の経費

第一事件原告は、標準外経費として野鼠駆除費及び有害鳥獣駆除費合計八二五二円があると主張するが、右費用は標準外経費に該当しない。

(二) 右によれば、第一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額は一一七万〇五八七円であり、分離課税の長期譲渡所得の金額は五六一万五四四〇円である(後者については、第一事件原告の確定申告のとおり)。

(三) 以上のとおり、被告米沢税務署長がなした本件更正等一は適法である。

2 第一事件原告の主張

(一) 第一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額は、前記五1(四)のとおりである。以下、別表一―一<略>「主張額」欄記載の金額との異同について、述べる。

(1) 減算所得

第一事件原告の水稲耕作面積は一八二・八アールであるから、本件所得標準(一アール当たり六一四キログラムの収量)によれば、総収量一万一二二三キログラムとなる。しかし、第一事件原告は実際には一万〇五八七キログラムの総収量であったため、その差である六三六キログラムにつき、一〇〇キログラム米価三万一八八八円を基礎として、減算所得として二〇万二八〇七円を計上した。

(2) 支払小作料

現実に支出した。

(3) 臨時雇人費

現実に支出した。

(4) 水稲に使用する大農具経費

コンバインの使用は、秋の収穫期間に限られるのであるから、一年間の減価償却が認められるべきである。

(5) キャリア等に係る経費

第一事件原告の水田は湿田地帯であり、労働力の不足を補うためにも、キャリアは必須の農具である。

(6) その他の経費

野鼠駆除費については、地域全体で一斉に行った費用である。有害鳥獣駆除費については、第一事件原告所有の田において集中して被害を受けたため、駆除を実施した。

(二) 以上のとおり、被告米沢税務署長がなした本件更正等一は違法である。

<略>

(第三一事件につき)

一 第三一事件原告は、肩書住所地において農業を営むいわゆる白色申告者であるが、第三一事件原告の昭和六一年分の所得税についての確定申告、更正、異議決定、裁決等の経緯は、別紙目録三一<略>記載のとおりである(<証拠略>)。

二 本件は、第三一事件原告が、被告米沢税務署長がした更正処分(以下「本件更正等三一」という。)には、何らの理由が付されていない違法があり、第三一事件原告の所得を過大に認定した違法がある等として、本件更正等三一(但し、別紙目録三一<略>記載番号六欄の裁決で取り消された分を除く。)の取消を求めた事案である。

三 本件の争点は、以下のとおりである。

1 本件更正等三一に理由が付されていないのは、違法か(争点1)。

2 第三一事件原告の被告米沢税務署長に対する確定申告は、実額による申告といえるか(争点2)。

3 被告米沢税務署長がなした本件更正等三一につき、推計課税をする必要性があるか(争点3)。

4 被告米沢税務署長がなした本件更正等三一につき、推計課税の合理性があるか(争点4)。

5 被告米沢税務署長がなした本件更正等三一につき、信義則違反があるといえるか(争点5)。

6 被告米沢税務署長がなした本件所得標準に基づく本件更正等三一は、適法か(争点6)。

7 第三一事件原告の実額反証の成否(争点7)。

四 争点1について

1 第三一事件原告の主張

第一事件の四1と同じ。

2 被告米沢税務署長の主張

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に読み替えるほか、第一事件の四2と同じ。

五 争点2について

1 第三一事件原告の主張

(一) 「第一事件原告」を「第三一事件原告」に読み替えるほか、第一事件の五1(一)ないし(三)と同じ。

(二) 第三一事件原告の昭和六一年分の本件所得標準を用いて算出した農業所得の金額は、別表三一―一<略>の「申告額」欄記載のとおりである。

2 被告米沢税務署長の主張

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に読み替えるほか、第一事件の五2と同じ。

六 争点3について

1 被告米沢税務署長の主張

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に、「本件更正等一」を「本件更正等三一」にそれぞれ読み替えるほか、第一事件の六1と同じ。

2 第三一事件原告の主張

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に読み替えるほか、第一事件の六2と同じ。

七 争点4について

1 被告米沢税務署長の主張

第一事件の七1と同じ

2 第三一事件原告の主張

第一事件の七2と同じ

八 争点5について

1 第三一事件原告の主張

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に、「本件更正等一」を「本件更正等三一」にそれぞれ読み替えるほか、第一事件の八1と同じ。

2 被告米沢税務署長の主張

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に読み替えるほか、第一事件の八2と同じ。

九 争点6について

1 被告米沢税務署長の主張

(一) 第三一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額

第三一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額は、本件所得標準に従って算出すると、別表三一―一<略>「主張額」欄記載のとおり、一四五万八二五七円である。以下、別表三一―一<略>「申告額」欄記載の金額との異同について、述べる。

(1) 標準外経費等を控除する前の所得金額について

第三一事件原告の申告に係る算出所得金額のうち産牛に係る所得の申告漏れが認められたので別表三一―二<略>のとおりこれを算定した。

(2) 標準外経費等の金額について

<1> 減算所得

第三一事件原告は、災害減収による減算所得があると主張するが、農業共済組合の証明書がない。

<2> 支払小作料

支払小作料に係る標準外経費を一三万九六一二円と是正した。

<3> 自動車経費

自動車経費に係る標準外経費を、別表三一―三<略>のとおり是正した。

<4> 耕うん機及びトラクターに係る経費

別表三一―四<略>のとおり是正した。

<5> キャリア等に係る経費

第三一事件原告は標準外経費として、キャリア及び除雪機に係る経費を控除しているが、右キャリア等は本件所得標準において標準外経費に算入することができる農機具に該当しない。

<6> 土地改良区費

是認範囲額四六万七五六〇円を超える金額は、標準外経費として控除することはできない。

<7> 借入金利子

第三一事件原告の借入金利子のうち、標準外経費として控除することができる制度金融及び制度金融に準ずる借入金に係る支払利子は、別表三一―五<略>のとおりであり、これ以外は標準外経費として認められない。

(二) 右によれば、第三一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額は一四五万八二五七円であり、第三一事件原告の確定申告どおり認めた農業所得以外の所得金額を合計すると、第三一事件原告の昭和六一年分の総所得金額は四二二万七二五七円である。

(三) 以上のとおり、被告米沢税務署長がなした本件更正等三一は適法である。

2 第三一事件原告の主張

(一) 第三一事件原告の本件所得標準に基づく昭和六一年分の農業所得の金額は、前記五1(二)のとおりである。

(二) 以上のとおり、被告米沢税務署長がなした本件更正等三一は違法である。

一〇 争点7について

1 第三一事件原告の実額の主張

(一) 第三一事件原告の昭和六一年分の収入金額及び支出金額は、以下のとおりである。

(1) 収入

<1> 農業収入  七二五万九四四五円

(内訳)

稲作収入       五〇三万七四九五円

畜産収入       一九五万五〇〇〇円

家事消費        二六万六九五〇円

<2> 農業外収入 二七六万九〇〇〇円

(2) 農業支出合計  六七五万四八五〇円

(内訳)

租税公課        一二万四七六一円

種苗費          六万一八〇〇円

動力水道光熱費     二一万二七三六円

農具費         二八万三五九〇円

肥料費         二四万三一七〇円

農薬衛生費       三〇万一〇一〇円

利子割引料      一三六万九九一八円

農業共済掛金      二三万二八二九円

諸材料費        一〇万三六〇三円

作業用衣料費       二万二〇〇八円

土地改良区費      四〇万四八三六円

修繕費         一七万四二五〇円

雇人費         四〇万二〇〇〇円

作業委託費        五万九七五六円

地代賃借料       四三万六二四〇円

飼料費         五一万五七五〇円

減価償却費      一七一万三六七三円

研修費          四万五三二〇円

接待賄費         三万〇〇〇〇円

通信費          一万七六〇〇円

(二) 第三一事件原告の所得

農業収入合計七二五万九四四五円から農業支出合計六七五万四八五〇円を差し引くと、農業所得は五〇万四五九五円となる。給与所得が二七六万九〇〇〇円であるので農業所得との合計額を出し、所得合計を算出すると三二七万三五九五円となる。

右金額から社会保険、生命保険、配偶者、扶養及び基礎控除の合計を算出すると、控除額の合計が三六一万四八九〇円となる。

よって、第三一事件原告には課税される所得はなく、納めるべき税額は発生しない。同原告の場合、給与所得についてすでに一一万一〇〇〇円を源泉徴収されているので、その分を還付請求することができるのである。

(三) 実額反証における立証の程度についての主張

所得税の算定に当たっては、収支計算の方法によって所得を算定するのを原則としている。収支計算をするにあっては、収入、支出を正確、かつ網羅的に算出できる飼料を提出することが求められるが、納税申告者が記帳した帳簿書類の存在は必要不可欠であるとは解されない。けだし、収支計算に当たって提出が求められる書類は、所得を正確に把握できる資料の存在を要求するのであって、それ以上でも、それ以下でもないと解されるからである。納税申告者が記帳した帳簿類が存在しなくとも、納税申告者の所得を正確に把握できる資料の提出があれば、収支計算による所得の計算は認められるべきである。

とりわけ、本件のような農業従事者にあっては、第三一事件原告の提出した資料で同原告の所得を正確に把握できたのである。

同原告の場合、昭和六一年当時、農業収入は、米と畜産のみであり、米は年一回の収穫に対する収入であり、収入の入る時期も限られており、自宅で消費する分を除いて、政府に売り渡していたので昭和六一年産米売渡検討数量及び農協の振込口座をみれば米売却による収入が正確にわかる状況になっていた。畜産についても、限られた子牛の売却代金であるから、農協の振込口座から畜産の収入も正確に把握できる状況になっていた。従って、農協の口座が実際上、収入を記帳した帳簿と同様の機能を果たしていたといえるのである。

支出についても、昭和六一年当時、原告が農業を行うに当たって必要とされる資材の購入はほとんど川西農協から行っている状況であった。従って、昭和六一年分川西農協東沢支所購買代金明細書、川西農協総合預金通帳をみれば農業に要した支出の明細がわかるようになっていた。

第三一事件原告は、借入金利子についても客観的資料を添付し、また、多額の借入金利子が発生するようになった原因についても具体的に明らかにした。

2 実額についての被告米沢税務署長の反論

(一) 第三一事件原告の収入金額及び支出金額に対して

(1) 収入について

農業収入については、農業を営むものが農産物を収穫した場合には、その収穫時における当該農産物の価格に相当する金額を総収入金額に算入しなければならない(所得税法四一条、同法施行令八八条)が、第三一事件原告は、保有米の量や普通畑の収穫量などを含む農産物の収穫に係る収入金額の全体を明らかにするのに不可欠な全収穫農産物に関する証拠を提出しておらず、また、畜産に係る収入についても、それがすべての収入金額であることを示す証拠を提出しているわけでもない。

(2) 支出について

第三一事件原告は、必要経費についても帳簿を提出しておらず、提出した証明書等の書証の中には、そもそも支出を裏付ける証拠力がないもの、支払金額が他の証拠と矛盾するものなどが存在し、また、その支出が農業収入と対応することが明らかでないものがあるので、必要経費の実額及び農業収入との対応が証明されたとはいえない。

(二) 第三一事件原告の実額反証における立証の程度についての主張に対して

推計課税取消訴訟において、事業所得金額の実額反証をする納税者は、すべての取引先からのすべての収入金額(総収入金額)及びその総収入に対応した費用の金額(必要経費)を正確に記帳した会計諸帳簿、原始記録を提出し、かつ、それらの真実性、正確性を証明すべきであるが、仮に右方法によることができないとしても、収支関係を証する適切な資料や原始資料を提出し、かつその真実性、正確性を証明することによって、納税者が主張するほかに収入金額がないこと及びその主張する必要経費が実際に支出され、かつ当該収入と対応することを証明すべきであり、右証明をしなければ、実額についての立証を尽くしたということはできない。

<略>

(別冊二)

第三判断

(第一事件について)

一 争点1(本件更正等一に理由が付されていないのは、違法か)について

1 第一事件原告は、本件更正等一には何らの理由が付されていない違法がある旨主張するけれども、第一事件原告がいわゆる白色申告者であることは前述のとおりであり、青色申告書以外の申告書に係る更正等につき、理由を付記すべきことを定めた規定はないから、第一事件原告の右主張は失当である。

2 なお、第一事件原告は、行政手続法一四条の規定をもって、右理由付記の根拠となる旨主張する。しかしながら、所得税の更正処分の際の理由付記の要否については、行政手続法一四条の規定と所得税法一五五条の規定とは一般法と特別法の関係にあると解すべきである。しかして、所得税法一五五条が青色申告書に係る更正に限り理由付記を義務づけていることからすれば、青色申告書以外の申告書に係る更正については理由付記を義務づけられていないというべきである。したがって、行政手続法一四条の規定をもって、本件更正等一の理由付記の根拠とすることはできない。

3 右のとおり、本件更正等一に理由が付されていないのは違法である旨の第一事件原告の主張は、採用することができない。

二 争点2(第一事件原告の被告米沢税務署長に対する確定申告は実額による申告といえるか)について

1 証拠<証拠略>によれば、本件所得標準につき、以下の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 昭和六〇年分の本件所得標準は、所得の算出方法として、普通田の場合、耕地の等級をAないしLの一二段階に分類し、右各等級ごとに実面積一〇アール当たりの収入金額及び標準内必要経費を算定した上、差引所得を算出し、これを耕地整理地と耕地未整理地に区分し、また、普通畑の場合、耕地の等級をAないしCの三段階に分類し、右各等級ごとに一〇アール当たりの所得金額を算出する旨記載している。

(二) 昭和六〇年分の本件所得標準は、さらに、副業・特殊畑等所得標準として、そさい畑、りんご、ぶどう等主として作物の種類等によって分類した上、一〇アール当たりの所得等を算出し、なお、養蚕所得標準として、蚕期の区分等によって分類した上、各所得を算出する旨記載している。

(三) 昭和六〇年分の本件所得標準は、また、別途控除経費の計算として、客土費、臨時雇人費、支払小作料、自動車、動力耕運機・トラクター、乾燥機・田植機・バインダー・コンバイン・自走式脱穀機、水田基盤整備後第一年目の特殊費用等、土地改良区費、大型機械利用組合費、大農具の修理費(自動車を除く)、乳牛の医療費及び集乳所への搬出費用、借入金利子、農業用施設の利用料、果樹畑に使用するスピードスプレイヤー・共同防除施設費用及びその他の一五項目につき、それぞれの算出方法とこれを認める場合の資料等を記載している。

(四) 昭和六一年分の本件所得標準は、昭和六〇年分のそれと基本的には同一であるが、所得金額等が変動している他、普通田の場合、耕地の等級をAないしNの一四段階に分類し、普通畑の場合、耕地の等級をAないしEの五段階に分類する等若干の手直しを行った結果が記載されている。

(五) 昭和六二年分及び平成元年分の本件所得標準は、所得金額等が変動しているものの、基本的には昭和六一年分の本件所得標準の記載内容と同一である。

以上の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

2 証拠<証拠略>によれば、第一事件原告の昭和六一年分の農業所得の申告につき、以下の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 第一事件原告は、別紙目録一<略>記載番号一欄の年月日に、被告米沢税務署長に対し、昭和六一年分の所得税の確定申告書を提出し、別表一―一<略>申告額欄記載のとおり、昭和六一年分の農業所得を申告した。

(二) 第一事件原告は、右申告に際し、山形県農業をまもる農民・農業団体連絡協議会(以下「山形県農団連」という。)が書式を作成した農業所得計算書を使用をして、基本的には昭和六一年分の本件所得標準に則って、右農業所得計算書の所定欄に田を耕作等することによって得られる所得を算定した上、別途控除をして、昭和六一年分の農業所得の金額を算出している。

以上の事実を認めることができ、これを覆すに足る証拠はない。

3 ところで、実額による課税とは、収入金額及び必要経費の実際の額を帳簿書類等の直接資料に基づいて計算して所得金額を算出した上課税するものである。しかして、第一事件原告によってなされた昭和六一年分の農業所得の申告については、基本的には昭和六一年分の本件所得標準に基づいて申告が行われ、本件所得標準によって標準化された収入から標準化された標準内経費を差し引いて差引所得を計算し、さらに本件所得標準に則って標準外経費を控除して農業所得金額を算定してこれを申告していることは、前記認定のとおりである。そうであるとすれば、第一事件原告によってなされた昭和六一年分の農業所得の申告は、収入金額及び必要経費の実際の額を直接資料に基づいて計算して所得金額を算出したものとはいえないから、実額による申告ということはできない。

第一事件原告は、本件所得標準を一応の目安あるいは基準として弾力的に運用してきたし、本件所得標準を用いながら計算書を作成し、場合によっては実額を把握できる資料を提出していた旨主張するけれども、右のような事実があったとしても、第一事件原告によってなされた昭和六一年分の農業所得の申告の実態は前述のとおりであるから、これをもって実額による申告とすることはできない。

4 右のとおり、第一事件原告の被告米沢税務署長に対しる確定申告が実額による申告といえるとする第一事件原告の主張は、採用することができない。

三 争点3(被告米沢税務署長がなした本件更正等一につき推計課税をする必要性があるか)について

1 証拠<証拠略>によれば、以下の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 第一事件原告が加入する農民団体である山形県農団連は、昭和六二年六月ころ、米沢税務署担当者との間において、本件所得標準に準拠して申告された山形県農団連会員の昭和六〇年分及び昭和六一年分の農業所得に係る所得税額につき、交渉を開始した。

(二) 米沢税務署は、昭和六二年六月下旬ころ、第一事件原告を含む山形県農団連の会員約一二〇名に対し、確定申告中の標準外経費等について確認したいので出頭されたい旨記載した「確定申告についてのお尋ね」と題するはがきを送付したが、出頭が得られなかった。

(三) 山形県農団連の会員約一〇〇名は、昭和六二年九月八日、米沢税務署担当者に対し、申告に係る標準外経費等を認めるよう申し入れたが、米沢税務署担当者は、これに応じず、交渉は物別れに終わった。

(四) 山形県農団連の会員は、昭和六二年九月中旬以降、被告米沢税務署長に対し、前記はがきについてのお尋ねの文書を発送した。

(五) 米沢税務署担当者は、昭和六二年一〇月二一日から同年一一月一一日までの間、山形県農団連の会員数名に対し、実地調査を実施したが、調査対象者の協力を得ることができず、実効が上がらなかった。

(六) 山形県農団連は、昭和六二年一一月六日及び同月二七日、米沢税務署担当者と交渉したが、交渉は進展しなかった。

(七) 米沢税務署は、昭和六二年一二月上旬ころ、第一事件原告を含む山形県農団連の会員約八〇名に対し、前同様のはがきを送付したが、出頭が得られなかった。

(八) 山形県農団連の会員である第三四事件原告の昭和六二年分及び平成元年分の農業所得に係る申告についても、ほぼ右と同様の経緯であった。

以上の事実を認めることができ、これを覆すに足る証拠はない。

2 右の事実によれば、被告米沢税務署長は、第一事件原告らに対し第一事件原告の昭和六一年分の農業所得に係る確定申告に関し説明を得るために二度にわたって出頭を求めたが第一事件原告の協力を得ることができず、第一事件原告が加入する山形県農団連との間において数回に及ぶ交渉を行ったものの進展がなく、山形県農団連の会員数名について実地調査をおこなったものの実効が上がらなかったのであるから、推計課税を行うための要件である第一事件原告の税務調査への非協力があったものと認めざるを得ない。

3 右のとおり、被告米沢税務署長がなした本件更正第一につき推計課税をする必要性があるというべきである。

四 争点4(被告米沢税務署長がなした本件更正等一につき推計課税の合理性があるか)について

1 証拠<証拠略>によれば、本件所得標準の作成の経緯等について、以下の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 所得税等の申告義務を有する農業所得者は、第一次的には農業に係る収入及び経費を帳簿等によって把握し、これに基づいて確定申告を行うべきこととなるが、現実的には帳簿等を正確に記帳する農業所得者は少なく、したがって実額による農業所得を算出して確定申告を行うことに代えて、農業に係る所得金額を簡便かつ合理的に算定するための手段として、本件所得標準に基づく確定申告の方法が考案され、使用されてきた。このことは課税庁にとっても、帳簿等を正確に記帳することが少ない農業所得者に対し申告の指導を行う際の資料として有用であり、本件所得標準に基づく確定申告をもって一応所得税法上の適法な申告として取り扱い、本件所得標準に準拠して課税処分を行ってきた。

(二) もっとも、昭和五九年分以前において、課税庁によっては、また、課税の時期によっては、本件所得標準を機械的に適用することなく、例えば、

(1) 臨時雇人費につき、本件所得標準によれば、「領収証、作業日誌等によって、支払金額、支払先、作業内容等を確認のうえ控除する。」とされているにもかかわらず、必ずしも右の要件を満たしていない場合にも、別途控除すべき標準外経費として認めたこともあり、

(2) 自動車につき、本件所得標準によれば、原則として自動車二台を所有する場合一台目に関し一〇〇パーセント、二台目に関し二〇パーセントを限度として、標準外経費とするとされているにもかかわらず、二台目に関し二〇パーセントを超えて別途控除すべき標準外経費として認めたこともあり、

(3) 借入金利子につき、本件所得標準によれば、「農業近代化資金等の制度金融及び制度金融に準ずる借入金の利子がある場合、その明細証明書により別途控除する。」とされているにもかかわらず、必ずしも右の要件を満たしていない場合にも、別途控除すべき標準外経費として認めたこともあり、

(4) 災害減算につき、本件所得標準によれば、「共済組合の証明にもとづき、原則計算で算定する。」とされているにもかかわらず、必ずしも右の要件を満たさないで、共済組合の証明がない場合等にも、別途控除すべき標準外経費として認めたこともあった。

(三) 本件協議会は、本件所得標準につき、米沢税務署管内及び長井税務署管内である米沢市、南陽市、長井市、高畠町、川西町、白鷹町、飯豊町及び小国町の三市五町を適用範囲として、農産物等の種類により、普通田、普通畑、果樹畑、特殊田畑及び副業等に分類して、これを作成した。

(四) 本件所得標準の作成手順は、普通田を例にとると、以下のとおりであった。

(1) 本件協議会は、前記三市五町の長、税務担当課長及び税務担当職員を構成員とし、米沢税務署長及び長井税務署長を顧問としているものであるが、該当年の五月下旬に役員会を開催して、本件所得標準作成のための基準地の選定等本件協議会総会に提案する議案の審議を行った。

(2) 本件協議会は、該当年の六月初旬に総会を開催して、右基準地の選定等の審議を行い、本件所得標準の普通田の基準地として、長井市及び川西町を選定し、長井市及び川西町は、それぞれ数戸の標準的な農家を選別して各農家につき個々の必要経費を調査した。

(3) 本件協議会は、当該年の七月下旬から八月上旬に幹事会専門部合同会議を開催して、本件所得標準作成に当たっての基本的事項を確認し、所得標準の原案作成担当市町を決定した。

(4) 本件協議会は、当該年の九月に水稲の作柄調査、坪刈調査及び脱穀調整を行って、一〇アール当たりの予想収穫量を算定するための資料を収集した。

(5) 本件協議会は、当該年の一二月から翌年の一月にかけて六、七回にわたり、幹事会専門部合同会議を開催して、本件所得標準作成の基本方針の確認を行った。

(6) 本件協議会は、当該年の一二月及び翌年の一月に要請会議を開催して、置賜地区農協農政対策協議会、置賜農業共済組合及び西置賜農業共済組合から収量、経費等についての意見を聴取した。

(7) 本件協議会は、翌年一月一〇日ころに経費検討会を開催して、基準地である長井市及び川西町がそれぞれ経費項目毎に作成した所得標準案を基本にして、その他の市長の調査結果を斟酌し、農業団体の要望等を採り入れ、物価指数等を参考にして、所得標準案を一本化する作業を行った。

(8) 本件協議会は、翌年一月一二日ころに専門部会を開催して、標準区分ごとの所得標準素案を作成した上、翌一三日ころに幹事会専門部合同会議を開催して、標準区分ごとの所得標準原案を作成した。

(9) 本件協議会は、その後、役員会を開催して、本件所得標準を決定した。以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

2 さらに、証拠<証拠略>によれば、本件所得標準の内容につき、以下の事実を認めることができる。すなわち、

(一) 本件所得標準の内容の概要は前記二1のとおりであるところ、普通田の場合、先ず一〇アール当たりの米の普通地収量を決定する。右収量を決定する手順としては、前記三市五町それぞれにつき、耕地の地力によって五段階に分類した米の作付面積を調査して算出し、置賜農業共済組合及び西置賜農業共済組合の基準収量から見て災害により二割を超えて減収した被害地の作付面積を控除した上、坪刈調査、在庫米調査の実地調査を行い、農水省による調査結果等を参考にして推定実収量を算定し、これから被害地の推定実収量を控除して無被害地の推定実収量を算出し、これを無被害地の作付面積で除して一〇アール当たりの普通地収量を算定する。その後、右三市五町それぞれの五段階に分類された耕地全体を検討して、右三市五町の各段階の耕地を、昭和六〇年分については一二段階、昭和六一年分、については一四段階に等級付をして、標準区分ごとに一〇アール当たりの普通地収量を決定する(昭和六二年分及び平成二年分についても同様に等級付をして決定する。)。

(二) 本件協議会は、本件所得標準における一〇アール当たりの普通地収量に乗ずる適用米価を、各種資料によって得られた政府買入米、自主流通米、超過米、保有米及び規格外米等の一〇〇キログラム当たりの価格を参酌、検討した上、昭和六〇年分については三万二〇一二円、昭和六一年分については三万二〇四四円等と決定した。

(三) 本件協議会は、必要経費のうち、個別性が強く、金額が多額で、しかも相当程度多くの農家に見られる経費を標準外経費として個別に列挙し、右標準外経費以外の必要経費を標準内経費として一律に控除することとして、本件所得標準を作成した。昭和六〇年分及び昭和六一年分の本件所得標準は、標準外経費として一五項目を列挙し(昭和六二年分は一六項目、平成元年分は一八項目)、それ以外の公租公課、種苗費、肥料費、農薬費、農具費、償却費等標準外経費以外のすべての経費を標準内経費としている。しかして、本件協議会は、前記三市五町がそれぞれ標準区分ごとに耕作面積、収量等において中庸な農家を一定戸数選定して実施した経費調査の結果、農業協同組合等から肥料、農薬等の販売状況につき収集した資料、さらに農業団体の意見を斟酌して右標準内経費を算定し、昭和六〇年分の標準区分Aの一〇アール当たりの標準内経費につきこれを四万八三四七円とする等と決定した。

(四) 本件協議会は、本件所得標準において、標準外経費のその他の項目の中で、災害減算を認め、共済組合の証明に基づき、原則計算で算定すると定めた。右規定の趣旨は、前記三市五町内の農業共済組合である置賜農業共済組合及び西置賜農業共済組合が農家単位に自然災害による減収量が共済基準収量の二割を超えたときは農家に共済金を支払う扱いをしていることから、この制度を利用して、実質的には所得減算を行うものである。

(五) 本件協議会は、昭和六〇年分、昭和六一年分、昭和六二年分及び平成元年分の本件所得標準において、水稲に使用する大農具のうち田植機、バインダー、コンバイン、ハーベスタ及び大型乾燥機に限り、償却資産課税台帳に登載済みのものにつき、租税公課及び減価償却費を標準外経費として別途控除することを認め、右に記載した以外の減価償却資産の償却費等については標準内経費と定めた。

(六) 本件協議会は、昭和六〇年分、昭和六一年分、昭和六二年分及び平成元年分の本件所得標準において、農業近代化資金等の制度金融及び制度金融に準ずる借入金の利子がある場合、その明細証明書の提示があるときは標準外経費として別途控除することを認め、その余の借入金利子については標準内経費としてこれを算入した。

(七) 本件協議会は、昭和六〇年分、昭和六一年分、昭和六二年分及び平成元年分の本件所得標準において、前記三市五町における農業経営の実態に鑑みて自動車に係る経費のうち一台目及び二台目につき一定の制限の下に二〇パーセントを限度として標準外経費として別途控除することを認めた。以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足る証拠はない。

3 ところで、推計課税は、納税者の所得を帳簿等の資料によって確認できない場合、税負担の公平の見地からして、課税することを放棄することができないため、実額課税に代わるものとして認容されているものであり、所得税法一五六条は、この点について、「税務署長は、居住者に係る所得税につき更正又は決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額(中略)を推計して、これをすることができる。」と規定している。右規定の趣旨は、税務署長の恣意的な課税を許容するものではなく、税務署長が入手可能な推計のための事実及び資料等を用いて、納税者の実際の所得額に近似した所得額を求めることができる推計方法を採用することが期待されているということができる。しかしながら、一方、税務署長に対し、実額課税の代替手段として推計課税を認めたことからすれば、税務署長が採用した推計課税の方法に合理性があるというためには、税務署長が入手可能な事実及び資料等に照らし、その推計課税の方法が一応最良のものと認められ、かつ、納税者の所得につき近似値を求め得ると認められる程度のものであれば足りるというべきである。

これを本件についてみるに、前記1及び2認定の事実によれば、被告米沢税務署長は、第一事件原告の農業所得を本件所得標準に則るという推計課税の方法によって課税処分をなしたものであるところ、本件所得標準は、農業所得を推計する有用な方法として前記三市五町において長年にわたって採用されてきたものであり、本件協議会において各種事実及び資料等を調査、収集した結果に基づき関係者の意見を聴取しながら検討、作成し、その内容についても相応の合理性を有するものというべきであるから、被告米沢税務署長による本件更正等一は、前記推計課税の方法としての必要な要件を満たしているということができる。

4 そこで、その点に関する第一事件原告の反論について、検討する。

(一) 第一事件原告は、本件所得標準は一応の目安に過ぎず、弾力的な運用を行わなければならず、とりわけ標準外経費として掲記されているものは例示列挙と解すべきである旨主張する。しかしながら、前記2認定のとおり、本件協議会が必要経費のうち個別性が強く金額が多額でしかも相当程度多くの農家に見られる経費を標準外経費として個別に列挙し、右標準外経費以外の必要経費を標準内経費として一律に控除することとして、本件所得標準を作成したのであるから、本件所得標準において標準外経費を例示列挙と解することはできない。

(二) 第一事件原告は、本件所得標準を作成する際十分な実態調査が行われていないので、本件所得標準の合理性に疑問がある旨主張する。しかしながら、前記1認定のとおり、本件協議会が基準地を選定して担当市町が個々の農家につき必要経費の実態調査を行い、その後水稲の作柄調査、坪刈調査及び脱穀調整を行う等して、収入及び経費の両面から実態調査を実施して本件所得標準を作成したのであるから、本件所得標準を作成する際十分な実態調査が行われていないとすることはできない。

(三) 第一事件原告は、農家が実際に販売している米の粒厚は一・八五ミリメートルないし一・九ミリメートル以上であるのに対し、本件所得標準の普通地収量算定の際資料としている東北農政局情報統計事務所の水稲収穫量調査結果においては粒厚一・七ミリメートル以上の米を基準として収穫量を調査している旨主張する。

しかしながら、本件所得標準を作成するに際し水稲収穫量調査結果を一つの参考資料としているに過ぎないことは前記1のとおりであるし、本件所得標準を作成するに当たり政府買入米のみならず規格外米等その他の米の価格を参酌して適用米価を算定していることも前記2のとおりであるから、第一事件原告主張の右事実があるからといって直ちに本件所得標準における普通地収量の算定が不合理であるとすることはできない。

(四) 第一事件原告は、災害減算に関し、自然災害による減算に限る理由はないし、二割を超える被害があった農家に限定する理由もない旨主張する。

しかしながら、前記2のとおり、本件協議会が前記三市五町内の農業共済組合である置賜農業共済組合及び西置賜農業共済組合が農家単位に自然災害による減収量が共済基準収量の二割を超えたときは農家に共済金を支払う扱いをしていることを利用して、実質的には所得減算を行うものとする本件所得標準を定め、それ以外の減算については標準内経費算定の際これを考慮しているのであるから、第一事件原告の右主張は理由がない。

(五) 第一事件原告は、水稲に使用する大農具経費につき別途控除をしないのは不合理である旨主張する。

しかしながら、前記2のとおり、本件協議会が水稲に使用する大農具のうち田植機、バインダー、コンバイン、ハーベスタ及び大型乾燥機に限り、償却資産課税台帳に登載済みのものにつき、租税公課及び減価償却費を標準外経費として別途控除することを認め、右に記載した以外の減価償却資産の償却費等については標準内経費として昭和六一年分の本件所得標準を作成したのであるから、第一事件原告の右主張は理由がない。

(六) 第一事件原告は、本件所得標準において、農業近代化資金等の制度金融及び制度金融に準ずる借入金の利子がある場合、その明細証明書の提示があるときは標準外経費として別途控除し、それ以外の場合には別途控除を認めないのは不合理である旨主張する。

しかしながら、前記2のとおり、本件協議会が借入金利子につき右の要件を充足する場合に標準外経費として別途控除することを認め、右に記載した以外の借入金利子については標準内経費として本件所得標準を作成したのであるから、第一事件原告の右主張は理由がない。

(七) 第一事件原告は、本件所得標準において、自動車に係る経費のうち一台目及び二台目につき一定の制限の下に二〇パーセントを限度として標準外経費として別途控除することを認め、それ以上は標準外経費として認めていないのは不合理である旨主張する。

しかしながら、前記2のとおり、本件協議会が前記三市五町における農業経営の実態に鑑みて自動車に係る経費のうち一台目及び二台目につき一定の制限の下に二〇パーセントを限度として標準外経費として別途控除することを認めたのであるから、本件課税標準に基づいて確定申告をするからには、右限度を超える自動車に係る経費を標準外経費として別途控除することを認めないことをもって不合理であるとすることはできない。

五 争点5(被告米沢税務署長がなした本件更正等一につき、信義則違反があるといえるか)について

1 第一事件原告は、本件更正等一につき、信義則違反がある旨主張するので、検討する。

ところで、納税者間の平等、公平という要請を犠牲にしてもなお当該課税処分に係る課税を免れさせて納税者の信頼を保護しなければ正義に反するといえるような特別の事情が存する場合に、租税法規に適合する課税処分について、法の一般原理である信義則の法理の適用により、右課税処分を違法なものとして取り消すことができ、右特別の事情が存するか否かを判断するに当たっては、税務官庁の責任ある立場にある者が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したことにより、納税者がその表示を信頼しその信頼に基づいて行動したところ、右表示に反する課税処分が行われ、そのために納税者が経済的不利益を受けることになったものがあるかどうか、また、納税者が税務官庁の右表示を信頼しその信頼に基づいて行動したことについて納税者の責に帰すべき事由がないかどうかという点を考慮すべきであると解するのが相当である。

これを本件について見るに、前記四1(二)のとおり、昭和五九年分以前において、課税庁によっては、また、課税の時期によっては、本件所得標準を機械的に適用することなく、本件所得標準の定めるところと異なった取扱いがなされたこともないわけではなかったものの、これも個々の納税者との間において税務官庁の課税担当者が本件所得標準の定めるところと若干異なった課税処分をなしたに過ぎないのであって、税務官庁の責任ある立場にある者が納税者に対し信頼の対象となる公的見解を表示したとすることはできないし、本件全証拠によっても、本件所得標準に基づいて課税処分を行うことに関して税務官庁の責任ある立場にある者が納税者に対し本件所得標準の定めるところと異なった取扱いを容認するとの公的見解を表示したことを認めるに至らない。

2 右のとおり、本件更正等一につき信義則違反がある旨の第一事件原告の主張は、採用することができない。

六 争点6(被告米沢税務署長がなした本件更正等一は、適法か)について

1 第一事件原告の昭和六一年分の所得額について、以下検討する。

(一) 農業所得金額について

(1) 本件所得標準を適用して算定した算出所得金額が二五九万九四九六円であることは、当事者間に争いがない。

(2) 標準外経費の金額について

別表一―一<略>記載の項目区分のうち、減算所得、支払小作料、臨時雇人費、水稲に使用する大農具経費、キャリア等に関する経費及びその他の経費を除いては、その金額について当事者間に争いがなく、争いのない標準外経費の合計金額は、一三七万一七五九円である。そこで、争いのある標準外経費について以下検討する。

<1> 減算所得について

証拠<証拠略>によると、本件所得標準の適用にあたって標準外経費として減算所得の別途控除が認められるのは、災害減算があったと主張する者が農業共済組合の証明書によって減算を明らかにした場合であると認定することができる。

これを第一事件についてみると、第一事件原告が申告に際して農業共済組合の証明書を提出したと認めるに足る証拠はなく、本件所得標準に基づいては減算所得の別途控除を認めることはできない。

<2> 支払小作料について

証拠<証拠略>によると、本件所得標準の適用にあたって標準外経費として支払小作料の別途控除が認められるのは、小作料を支払ったと主張する者がその支払の事実を証明した場合であり、控除が認められる額は、支払った小作料のうち、標準内経費として控除済みの固定資産税相当額を超える額に限ると認定することができる。

これを第一事件についてみると、第一事件原告が申告に際して小作料の支払を証明する資料を提出したと認めるに足る証拠はなく、本件所得標準に基づいては支払小作料の別途控除を認めることはできない。

<3> 臨時雇人費について

証拠<証拠略>によると、本件所得標準の適用にあたって標準外経費として臨時雇人費の別途控除が認められるのは、その支払があったと主張する者が領収証、作業日誌等によって支払金額、支払先、作業内容等を証明した場合であると認定することができる。

これを第一事件についてみると、第一事件原告が申告に際して臨時雇人費の支払を証明する資料を提出したと認めるに足る証拠はなく、本件所得標準に基づいては臨時雇人費の別途控除を認めることはできない。

<4> 水稲に使用する大農具経費について

証拠<証拠略>によると、田植機、バインダー、コンバイン、ハーベスタ及び大型乾燥機に係る経費は、本件所得標準に基づき、その租税公課及び減価償却費を標準外経費として別途控除することができると認定することができる。

そして、被告米沢税務署長が主張するコンバインの取得年月日、取得価額、耐用年数及び租税公課の金額(いずれも別表一―二<略>)について第一事件原告は明らかに争わないところ、その減価償却費は別表一―二<略>のとおりであり、標準外経費として別途控除することが認められる金額は五万七一五〇円であると認定することができる。

この点、第一事件原告は、一年分の減価償却費の控除を認めるべきである旨主張するが、関連法規によると、減価償却資産を年の途中から業務の用に供した場合には、当該年分の償却費の額を一二で除し、これに当該業務の用に供された日からその年の一二月三一日までの期間の月数を乗じて計算することとなっているから、第一事件原告の主張は理由がない。

<5> キャリア等に係る経費について

キャリア等に係る経費として別途控除すべき経費の存在を認定するに足る証拠はない。

第一事件原告は、キャリアに係る経費の別途控除を認めるべきである旨主張するが、証拠<証拠略>によると、標準外経費に算入することができる農機具は本件所得標準に限定列挙されており、キャリアはこれに該当しないと認定することができる。

したがって、本件所得標準に基づいてはキャリアの経費を別途控除することはできない。

<6> その他、標準外経費として別途控除すべき支出があることを認めるに足る証拠はない。

この点、第一事件原告は、野鼠駆除費及び有害鳥獣駆除費について別途控除を認めるべき旨主張するが、証拠<証拠略>によると、これらは本件所得標準に基づく標準外経費にはあたらないと認定することができるから、第一事件原告の主張は理由がない。

<7> よって、標準外経費として別途控除が認められる金額は、一四二万八九〇九円である。

(3) 右によれば、第一事件原告の昭和六一年分の農業所得の金額は算出所得金額から標準外経費の金額を差し引いた一一七万〇五八七円である。

(二) 第一事件原告には、分離課税となる所得を除いては農業所得以外の所得がないことは、当事者間に争いがないから、第一事件原告の総所得金額は、一一七万〇五八七円であると認められる。

(三) 分離課税の長期譲渡所得の金額が五六一万五四四〇円であることは、当事者間に争いがない。

2 以上のとおり、本件更正等一における第一事件原告の昭和六一年分の総所得金額及び長期譲渡所得金額は、右に認定した総所得金額及び長期譲渡所得金額の範囲内であるから、本件更正等一は適法である。

<略>

(第三一事件について)

一 争点1(本件更正等三一に理由が付されていないのは、違法か)について

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に、「本件更正等一」を「本件更正等三一」にそれぞれ読み替えるほか、第一事件の一と同じ。

二 争点2(第三一事件原告の被告米沢税務署長に対する確定申告は実額による申告といえるか)について

<略>、「第一事件原告」を「第三一事件原告」に、「別紙目録一<略>」を「別紙目録三一<略>」に、「別表一―一<略>」を「別表三一―一<略>」にそれぞれ読み替えるほか、第一事件の二に同じ。

三 争点3(被告米沢税務署長がなした本件更正等三一につき推計課税をする必要性があるか)について

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に、「本件更正等一」を「本件更正等三一」にそれぞれ読み替えるほか、第一事件の三に同じ。

四 争点4(被告米沢税務署長がなした本件更正等三一につき推計課税の合理性があるか)について

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に、「本件更正等一」を「本件更正等三一」にそれぞれ読み替えるほか、第一事件の四に同じ。

五 争点5(被告米沢税務署長がなした本件更正等三一につき、信義則違反があるといえるか)

「第一事件原告」を「第三一事件原告」に、「本件更正等一」を「本件更正等三一」にそれぞれ読み替えるほか、第一事件の五に同じ。

六 争点6(被告米沢税務署長がなした本件更正等三一は、適法か)について

1 第三一事件原告の本件所得標準に基づく昭和六一年分の所得額について、以下検討する。

(一) 農業所得金額について

(1) 算出所得金額について

<証拠略>からすると、本件所得標準を適用して算定した第三一事件原告の算出所得金額のうち、別表三一―一<略>記載の項目区分でいうところの産牛を除く合計金額は、三七〇万一四七二円であると認められる。

そして、<証拠略>からすると、産牛の所得金額はマイナス一万九六一〇円であると認定することができる。

以上からすると、第三一事件原告の算出所得金額合計は、三六八万一八六二円であると認められる。

(2) 標準外経費の金額について

別表三一―一<略>記載の項目区分のうち、減算所得、支払小作料、自動車経費、耕うん機及びトラクターに係る経費、キャリア等に係る経費、土地改良区費及び借入金利子を除いては、その金額について当事者間に争いがなく、争いのない標準外経費の合計金額は、一〇六万二三八五円である。そこで、争いのある標準外経費について以下検討する。

<1> 減算所得について

前記(第一事件の六1(一)(2)<1>)認定のとおり、本件所得標準の適用にあたって標準外経費として減算所得の別途控除が認められるのは、災害減算があったと主張する者が農業共済組合の証明書によって減算を明らかにした場合である。

これを第三一事件についてみると、第三一事件原告が申告に際して農業共済組合の証明書を提出したと認めるに足る証拠はなく、本件所得標準に基づいては減算所得の別途控除を認めることはできない。

<2> 支払小作料について

前記(第一事件の六1(一)(2)<2>)認定のとおり、本件所得標準の適用にあたって標準外経費として支払小作料の別途控除が認められるのは、小作料を支払ったと主張する者がその支払の事実を証明した場合であり、控除が認められる額は、支払った小作料のうち、標準内経費として控除済みの固定資産税相当額を超える額に限られる。そして、証拠<証拠略>によると、田一〇アール当たりの固定資産税相当額は、一二七九円であると認定することができる。

これを第三一事件についてみると、証拠<証拠略>によると、第三一事件原告の実際に支払った小作料は一四万四六〇〇円、田の小作面積は三九アールであると認定することができるから、本件所得標準に基づいて別途控除できる支払小作料は一三万九六一二円であると認定することができる。

<3> 自動車経費について

自動車経費の本件所得標準に基づく算定方法は、前記(第二事件の六1(一)(2)<2><略>)認定のとおりである。そして、被告米沢税務署長が主張する自動車二台分についての減価償却費、租税公課、任意保険料及び耕作面積(いずれも別表三一―三<略>)について、第三一事件原告は明らかに争わないところ、これを基準に算定すると、標準外経費として別途控除することが認められる金額は二一万三〇〇八円であると認定することができる。

<4> 耕うん機及びトラクターに係る経費について

耕うん機及びトラクターに係る経費の本件所得標準に基づく算定方法は、前記(第二事件の六1(一)(2)<3><略>)認定のとおりである。

そして、被告米沢税務署長が主張する耕作面積、租税公課及び減価償却費(いずれも別表三一―四<略>)について第三一事件原告は明らかに争わないところ、これを基準に算定すると、標準外経費として別途控除することが認められる金額は一九万九八九六円であると認定することができる。

<5> キャリア等に係る経費について

キャリア等に係る経費として別途控除すべき経費の存在を認定するに足る証拠はない。

この点、証拠<証拠略>によると、第三一事件原告は、キャリア及び除雪機に係る経費の別途控除を申告しているが、前記(第一事件の六1(一)(2)<5>)認定のとおり、標準外経費に算入することができる農機具は本件所得標準に限定列挙されておりキャリア及び除雪機に係る経費はこれに該当しないと認定することができる。したがって、本件所得標準に基づいてはこれらの経費を別途控除することはできない。

<6> 土地改良区費について

前記(第三事件の六1(一)(2)<8><略>)認定のとおり、土地改良区費は是認範囲額を控除することになっている。そして、<証拠略>からすると、第三一事件原告の是認範囲額は、四六万七五六〇円であると認められる。

<7> 借入金利子について

標準外経費として認められるべき借入金利子が少なくとも別表三一―五<略>のとおり一四万一一四四円存在することは第三一事件原告は明らかに争わない。

そこで、右以外にも認められるべき借入金利子が存在するか否かを検討するに、本件所得標準において標準外経費として認められるのは、前記(第三事件の六1(一)(2)<9><略>)認定のとおりである。

これを第三一事件についてみると、証拠<証拠略>によると、第三一事件原告は農協から借入れた共済見合資金、証書借入、大農具購入資金の各利子についても申告していると認められるが、右資金が制度金融に準ずる借入金であると認めるに足る証拠はないから、別表三一―五<略>記載の利子のほかに本件所得標準に基づいて認められるべき借入金利子の存在を認定することはできない。

<8> よって、標準外経費として別途控除が認められる金額は、二二二万三六〇五円である。

(3) 右によれば、第三一事件原告の本件所得標準に基づく昭和六一年分の農業所得の金額は算出所得金額から標準外経費の金額を差し引いた一四五万八二五七円である。

(二) 第三一事件原告の農業所得以外の所得金額が二七六万九〇〇〇円であることについて第三一事件原告は明らかに争わないから、第三一事件原告の本件所得標準に基づく総所得金額は、四二二万七二五七円であると認められる。

2 以上のとおり、本件更正等三一における第三一事件原告の昭和六一年分の総所得金額(但し、別紙目録三一<略>記載番号六欄の裁決で取り消された分を除く。)は、右に認定した総所得金額の範囲内であるから、本件所得標準に基づく本件更正等三一は適法である。

七 争点7(第三一事件原告の実額反証の成否)について

1 第三一事件原告は、同原告の昭和六一年分の農業収入は七二五万九四四五円であって、その内訳は<1>稲作収入五〇三万七四九五円、<2>畜産収入一九五万五〇〇〇円、<3>家事消費二六万六九五〇円であり、右の事実は、収入を記帳した帳簿と同様の機能を果している同原告の農協口座の記載により、明らかである旨主張する。

2 ところで、実額による申告とは、収入金額及び必要経費の実際の額を帳簿書類等の直接資料に基づいて計算の上所得金額を算出して申告するものであるところ、証拠<証拠略>によれば、第三一事件原告の場合、農業収入は稲作収入と牛の畜産及び畑作収入に限られ、右の関係に係る収入の相当部分は竹田市助及び第三一事件原告名義の山形川西農業協同組合の貯金口座に入金記帳されていることを認めることができる。

しかしながら、前掲各証拠によれば、右竹田市助名義の右貯金口座中昭和六一年七月一六日以前の分、第三一事件原告名義の右貯金口座中昭和六一年一一月七日から同年一二月二三日までの間の分が欠落しているため、この間の収入の有無が不明であること、第三一事件原告主張の右稲作収入の金額につき、昭和六一年一二月一五日入金の自主米二万〇四〇〇円、同月三〇日入金の屑米七四二五円及び昭和六二年三月七日入金の自主米七万九〇〇〇円がいずれも算入されていないこと、畜産収入の金額につき、昭和六一年一二月三〇日入金の子牛精算金四万円が算入されていないこと、家事消費の金額につき、算定根拠が明確でないことを認めることができる。

右の事実によれば、第三一事件原告が主張する昭和六一年分の同原告の農業所得の収入金額は、本件全証拠によっても明らかとはいい難く、実際の額を帳簿書類等の直接資料に基づいて算定したものとは認め難い。

3 右のとおり、第三一事件原告の実額反証は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

<略>

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